わたしたちは「傘」という字に含まれる4つの「人」は、
1. 生地を織る
2. 骨を組む
3. 手元を作る
4. 生地を裁断縫製する
それぞれ4つの分野の職人たちを表していると考えています。前原光榮商店はこの4つの技術を高め、継承してきました。

前原光榮商店が毎年新作を発表している日傘。国産レースや綿、麻などの厳選した素材を使っており、昔ながらの「純パラソル」として長年力を入れて製造しています。
今回は、そんな前原光榮商店の純パラソルを多く手掛ける、京都にある「小野内商店」の小野内崇士さまと小野内香織さまにお話を伺いました。
4代目 小野内崇士 さま 小野内香織 さま

― はじめに、小野内商店さまのこれまでのご経歴についてお伺いさせてください。
私の曽祖父である小野内儀三郎が1903年に創業したと聞いています。もともと京都に「一井商店」という洋傘やショールを扱う洋傘問屋専門店があり、曽祖父はそこで働いていました。その後、暖簾分けという形で独立したのが始まりです。現在は私たちで四代目になります。

― 傘づくりの技術は、どのように身につけていったのですか。
いわゆる「見て覚えろ」という世界でした。
最初はミシンでまっすぐ縫うことすらできませんでした。焦って直そうとすると余計に生地が歪んでしまう。紐を縫うところから始めて、父の仕事を横で見ながら、怒られながら、少しずつ体で覚えてきた感じです。今では、手が自然に動いてくれるようになりました。

私たちはお互いに最初から傘職人だったわけではなく、別の仕事を経験したのちそれぞれ戻ってきました。戻ってきた当初は、大量ロットの仕事が中心でしたが、次第に個人のデザイナーさんやオーダーメイドなど、それまで経験したことのない仕事にも取り組むようになりました。
― 四代続く中で、印象に残っている時代や出来事はありますか。
私たちが高校生や大学生だった頃でしょうか。
国内の傘づくりが、一度大きく落ち込んだ時期がありました。中国など海外での製造が増えた影響もあったのだと思います。両親から何か言われたわけではありませんが、仕事の空気が変わってきたな、というのは子ども心にも感じていました。
ただ前原さんとのお付き合いはそれ以前から続いていて、日本の職人がつくる丁寧な傘づくりを大切にする姿勢をお互いに大切にしながら、仕事をご一緒させていただいていたと思います。
小野内商店も前原光榮商店さんも、大量生産を前提とした卸ではなく、きちんとしたものを求めてくださる方に向けて、愚直にものづくりを続けてきました。振り返るとその一貫した姿勢こそが、四代続く長い歴史の中で変わらずに守られてきたことなのだと思います。

― 前原光榮商店との協業のきっかけについて聞かせてください。
父から聞いた話では、30〜40年ほど前になります。
手元屋さんからの紹介で「傘を作ってほしい」と依頼を受けたのがきっかけです。
基本的には「オーダーされている期待値に、きちんと応えたい」という気持ちでお仕事に向き合っています。もし自分が発注する側だったら、どういう傘を納めてほしいかということを考えながら作っています。
傘はとても繊細なので、ほんの少しのミスで形が変わってしまいます。納品したときに、傘屋さんが「ええ傘やん」と思ってくださったら、それが一番嬉しいですね。そのために、毎回かなり神経を使って製造しています。
― これまでで、特に難しかった前原光榮商店の仕事は何ですか。
幅の広いレースを使った純パラソルです。
レース幅が12センチほどあり、本体の生地に縫い付けてから傘の型に合わせて裁断するのですが、これが非常に難しかったです。
レースは穴の大きさやデザインによって伸び方が変わりますが、本体の生地はあまり伸びません。そのため、その都度、レースの伸びしろを調整しながら型を出します。
さらに、生地部分とレース部分では異なるミシンを使って中縫いを行います。
特に、お客様からお預かりした傘の張り替えは、替えがきかない分、神経を使います。
仕立てそのものだけで言えば、シンプルなものと比べて1.5倍ほどの制作時間がかかりました。ただし、本当に時間がかかるのは「型を決めるまで」の工程です。最初を間違えると、すべてやり直しになってしまうので。
過去のノートを何冊も並べて、ハジキの位置や露先の素材などを細かく確認します。傘を開く瞬間までは、毎回ドキドキしますね。開いてから、ようやく微調整に入れます。

― そのノートには、どんなことが書かれているのですか。
裁ち方を中心に、ホックの位置、ラベルの向き、タグの長さなど、すべて記録しています。前原光榮商店さんと打ち合わせした内容や、関東と関西で異なる部品名称などもメモしています。
ノートは全部で3〜4冊あり、過去のデータや使用する骨の違いなどを見比べながら仕立てています。一度型が決まれば流れ作業になりますが、レースは毎年デザインが変わるので、その都度ゼロからのスタートです。だからこそ、毎年の仕様をきちんと記しておくことがとても大事になります。
― 今後について、どのようにお考えですか。
後継者や職人さん、内職さんが減っていくことには、正直なところ不安があります。仕事をいただけていても、作れる人がいなければ続けることはできません。
一方で、伝えたいこともあります。傘は日用品ですが、決して使い捨てのものではないということです。張り替えをすれば、何十年、何代にもわたって使い続けることができます。実際に、仕事を続けていく中で100年前のイタリア製の傘を張り替えたこともあります。
前原光榮商店さんの傘も生地の張り替えなどを通じて「いいものを長く使う」道具であることを、もっと多くの方に知っていただけたら嬉しいですね。
