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Maehara’s commitment

トーションレースができるまで─株式会社大定

わたしたちは「傘」という字に含まれる4つの「人」は、
1. 生地を織る
2. 骨を組む
3. 手元を作る
4. 生地を裁断縫製する
それぞれ4つの分野の職人たちを表していると考えています。前原光榮商店はこの4つの技術を高め、継承してきました。

トーションレースができるまで

前原光榮商店の傘が多くの人に愛され続ける背景には、職人たちの技と心があります。今回は「日傘のトーションレース作り」という工程にフォーカスして、栃木県の株式会社大定さまにインタビューをさせていただきました。

創業者であります大川定夫は、大学卒業後に東京で電子関係の仕事をしていました。しかし、地元である足利でトーションレースが盛んになっていた時代でしたので研修生を募集していることを知り、Uターンしてトーションレースの製造メーカーで修業を始めたのがきっかけです。その後、独立し1969年に創業しました。社名の「大定」も、創業者の名前からとっています。

当時の足利市は、地域の地場産業として日本国内の90%ものシェアを誇ると言われていたほどトーションレースの一大産地でした。最盛期には何十社という会社が組合におりましたが、後継者の問題や設備の維持管理などが難しく今では6社ほどになっております。

今では市内でトーションレースを製造している会社は6社ほどに減ってしまいましたが、受け継がれてきたこの技術には、まだ多くの可能性があると感じています。

トーションレースの製造

分かりやすくいうと「手編みのようなレース」というのが近いかもしれません。ボビン同士が組みながら糸を編んでいくという作り方になります。また、最大幅で15~20ほどのものしか作れませんので細い幅のレースになります。

女性用アウターの襟元や袖口の縁取りなどにワンポイントの装飾としてよく使われています。

前原さんの傘用のレースとしては、日傘にご使用いただいております。太陽光が透けることで生まれる陰影の美しさが重視されるため、特に繊細なデザインや透け感のあるものが選ばれます。クラシックな柄が人気で、昔からある「これぞトーションレース」というようなデザインが好まれています。

トーションレースの製造

そのきっかけは、10年ほど前に出展した展示会「ジャパンクリエーション」でした。

東京国際フォーラムで開催されたその展示会で、前原光榮商店のスタッフの方が私たちのブースに立ち寄ってくださり、製品を見て興味を持っていただいたのがはじまりです。

その後、サンプルやカタログをお渡しして、現在まで継続的にお取引が続いています。

レースづくりは、糸の仕入れから始まります。仕入れた糸をトーションレース専用のボビンに巻き直し、トーションレースの機械にセットして編んでいきます。その際、糸の太さや機械の特性に合わせてテンションやスプリングの微調整を行います。

編み上がったレースにはアイロンをかけ、目視で一枚一枚丁寧に検品していくというのが大まかな流れになります。

柄のパターンは社内のデザイナーがおりますので、新しいレースのデザインデータも社内で作成しており、スタッフが手作業でPCに登録しています。トーションレースを編みこむ際には、人の手で機械に糸を設置していく必要があるのでデータを登録すれば、それで終わりということにはなりません。そのため、これまで制作してきた3,000種類を超えるパターンはきちんと管理し、どの社員でも製造ができるようにしています。

トーションレースの見本

私たちの工場には、トーションレース用の機械が約80台あります。糸の種類や用途に応じて機械を使い分けることで、多様な製品に対応できる体制を整えています。

レースの製作では、毎回同じデータを使っても、環境によって仕上がりが変わることがあります。湿度や糸のロットによるわずかな違いで、テンションが狂ってしまうこともあるため、最終的には職人の感覚がものをいいます。

たとえば、同じ糸でも1年前に仕入れたものと今月仕入れたものとでは、微妙に違いが出ることがあります。そうした違いを見極めて、手作業で仕上がりを調整するのは、経験と感覚の積み重ねがあってこそだと思います。

トーションレース用の機械

私にとって一番のやりがいは、カタログにないレースを別注で依頼され、それが形になったときです。既に色のバリエーションも含めると5,000点以上の型を持っていますが、お客様ごとの要望に応じたものづくりは、今も新鮮で楽しい仕事ですね。

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